デイリーベース方式その2
切り出しの哲学
ここまでの流れ:
前回は、デイリー方式のアレンジとしての「デイリーベース方式」を紹介しました。リンクが使えるデジタルノートならではのやり方です。
今回も引き続きデイリーベース方式について考えましょう。
なぜ切り出すのか?
さて、前回確認したようにデイリーベース方式は、リンクを使うことでデイリーノートの内容を「切り出す」ことができます。
では、なぜ切り出す必要があるのでしょうか。別にそのままデイリーに置いておけばいいじゃないのか、という疑問はごく自然なものです。
不思議なことにこの感覚は、「別のところで書いたものをリンクする」だとあまり生まれません。たとえばデイリーにメモを取っていて、別のファイルで原稿を書いたときに、その二つを結び合わせるためにデイリーに原稿へのリンクを置く、というならば「なんか便利そう」という感覚があるでしょう。
一方で、デイリーに書いているメモをわざわざ切り出して別ファイルにする意義はあまり感じられません。そこにそのまま置いておけば特に不便はなさそうな気がします。
そして、まったくその通りなのです。別にそのまま置いておいていいのです。
ノウハウはアピールされるうちに教条主義・原理主義に陥りがちで、「デイリーからリンクで切り出せると便利だよ」という話がいつのまにか「デイリーからリンクで切り出すべき」という”作法”へとスライドすることが多々あります。よくない傾向です。
リンクを使えば、別の場所に書いたものを接続できる、というのと同様に、リンクを使えば、デイリーにあったものを外に出すこともできる。仮に外に出してもそのつながりは失われていない。
基本的にはこれだけの話でしかありません。そのやり方を正当化するための理屈が考え出されてしまうと、「そうすることが正しい(そうしないことは間違っている)」という観点に簡単に化けてしまうので注意が必要です。
デイリーに置いておくという選択
たとえば、デイリーにメモを書いていたとしましょう。そのメモが思いのほか膨らんで、ちょっとした分量になりそのまま記事として投稿できるなというくらいまで育ったとします。
切り出しが有効なのは、そうしたタイミングです。新しいファイルを作り、タイトルをつけ、内容をコピペする。デイリーにはリンクだけが残る。
そうすることで、二つメリットが生まれます。
一つは、デイリーの中身がスッキリすること。膨れ上がったメモは、当然のようにデイリーの記述を肥大化させます。そうすると他のメモなどを振り返るときに邪魔です。切り出しておけば、リンクの一行だけになるので邪魔になりません。
もう一つは、書いたものを後から探しやすくなることです。ファイルにしてタイトルをつけておけば、Macならspotlightで、ObsidianならQuickSwitcherで見つけられるようになります。他のシステムでも似たような効果が得られるでしょう。もし、後から見つけたくなるような情報であれば、切り出しておくことで「ググラビリティ」を上げることができるわけです。
とは言えです。
上の二つのメリットに関しては、絶対的なものではありません。Obsidianであれば見出しの中身を開閉でき、閉じた状態なら邪魔にはなりません。また、後から探すことについても、デイリーの中にタイトルなどのメタ情報を埋め込んでおけば、検索で見つけ出すこと自体は可能です。
つまりこれらのメリットに関しては、「そうした方が便利度は高まるが、絶対的なものではない」という範囲に留まるのです。
なので、「そのメリットはそこまで必要としていない」なら、すべてをデイリーに書いていき、切り出さないまま保持しておくのも一つの選択になります。何も考えずにただ切り出していくのが「正解」ではないのです。
切り出すこと
その前提を踏まえた上で、再度考えてみましょう。
デイリーにメモを書いていて、別のファイルで原稿を書き、その二つをリンクで結び合わせるのは不自然な感じはしません。逆に、書いた原稿の中身をコピペしてデイリーに貼りつけるのは不自然な感じがします。
なぜこんな感覚が生まれるのでしょうか。
それは私の中で原稿が「一つのもの」だからでしょう。原稿ファイルはそれ自体で「独立」してる感じがするのです。だから、それがファイルになっているのは自然だし、逆にそれがデイリーの中にあると不自然に感じます。
思い出してください。
デイリー方式のよさは、「とりあえず書くための場所が生まれる」ことでした。どこに入れたらいいのかわからないものも、時間という軸に沿った箱を準備することで、居場所をつくることができる。
このことを別の視点から眺めれば、「一つのもの」という単位にならないものを置いておくための場所が、デイリーの大きな役割だと言えます。
逆に言えば「一つのもの」という単位になるものは、デイリーに置かなくてもいいし、場合によっては置かない方がいいのです。
では、それはどんなときなのか。次回考えましょう。

