タグは乱立する
ここまでのアウトライン:
今回は「タグの乱立」について考えてみます。
皆さんは一つのデジタルノートを10年使ったことがありますか。私はあります。Evernoteの利用は10年じゃききません。
当然のようにそれだけ長い期間使っているとノートの総数もえらいことになりますが、そのノートを分類するための部品も増えていきます。Evernoteで言えば、ノートブックとタグです。
ノートブックについてはまだマシです。
ノートブックは大きなカテゴリに限定されますし、私は「象の墓場」というノートブックを作っており、完全に終わったプロジェクトのノートはすべてそこに移動させてノートブックを「終了」させることもしました。時間と共に増えることはあるものの、増えっぱなしではなく減ることもあったわけです。
(今みると、Johnny.Decimalのようなことをやっていますね)
一方で、タグはダメです。
先日少しだけ整理して数を減らしたんですが、それでも784個もあります。
想像できますでしょうか。784個のタグがあるノートです。もはやその全体を私はまったく把握できていません。まさにそのことがタグが増え続けている理由なのですが、ひとまずその議論は後回しにして、その内実を少し見ていきしょう。
タグの分布
サンプルとして一部抜粋します。
括弧の中に入っている数字がそのタグが付与されているノートの数です。タグの整理をしているときに、この数字がたまたま目に入って明らかな傾向を見つけました。
私が付与したタグは大きく二種に分かれます。一つは、長い期間、たくさんのノートに付与されているBigなタグと、非常に局所的に付与されたSmallなタグです。smallなタグは付与数が10程度のものもありますが、全体を見ると1〜4個くらいのものが大半を占めています。
ここから考えられることはなんでしょうか。
タグのつけかた
Evernoteを使いはじめたときは「デジタルノート初心者」でした。言い換えれば、今ほど分別がありませんでした。だから、あるノートを見たときに思いつく限りのタグをつけていたのです。
とは言え、一つのノートに10個も20個もつけていたわけではありません。せいぜいが2〜3個くらいです。それだけのタグがついていれば、ノートブック+タグで目的のノートが取り出せます。
Evernoteを使っていたことがある人なら分かるように、単純なキーワード検索で目的のノートを見つけるのはすごく難しいのです。なんといっても「なんでも」保存していますからね。検索結果があふれ返ってしまう。そうしたときに、まず「ノートブックで絞り込む」が役立ちます。これだけでかなり絞り込めるんですが、それでも8万近いノートの総数があれば、ノートブックに絞っても数千のノートが対象になります。これだと絞り込みは十分とは言えません。
そこでタグです。ノートブック+タグで絞り込めばもう一段階絞り込めます。
そこで一つのノートにはできれば一つ以上のタグをつけるというルールで運用していたのですが、まさにこれがタグの増加を生み出していました。
一つの情報って、切り口によってさまざまな要素を見出せます。単純そうに見える買い物リストでも「買い物、リスト、家庭、2025年」といった要素を抽出できます。で、それをタグ付けする。
8万のノートに対してそんなことをしていたらどうなるでしょうか。数百を超えるタグがあっというまに(というのは大げさで実際は数年の年月を経て)誕生します。
しかもタグをつけるときって、タグリストから選んで付与するのではなく、だいたいタグ欄にテキストで打ち込む形になります。そうなると、「自分がそれまでにどんなタグを作っていたのか」をまったく意識せずにタグを付与することになります。
すると、ほとんど似た言葉の、しかし違ったタグが次々と作られていくことになります。
タグのメタ情報
仮にタグリストがあったとしても問題は避けられません。そのタグがどういう意図を持って付与されたかがわからないからです。
どういう意図で(≒効果を期待して)タグをつけたのかがタグ名を見ただけではわかりません。だからつけるべきときにつけ忘れたり、ぜんぜん違う文脈でそのタグを使っていたりします。
リスト情報に付与するという「list」という単純そうなタグですらそのつけ方は不均一に終わっていました。そして「リスト」とか「@リスト」とか似た役割の別のタグが作られてもいました。
タグというのは、あるノートにメタ情報を付与するための装置なわけでsが、そのタグそのものにメタ情報を付与できないので、どうしたって混乱が生じるわけです。そのタグをつけようと思ったその日や次の日くらいまでなら機能するかもしれません。しかし、そのタグを使わない日が数日でもあればもうダメです。次に入ってきた同種のノートに同様の処理を施せる保証はありません。
こうしたとき、タグを階層化することでメタ情報を付与するという考え方はあります。「哲学/倫理学」といった形ですね。でも、結局のところ、どういう情報に出会ったらこれを付与するのかが明瞭でないので結局は同じです。最悪「Webクリップ/倫理」とかを作ってしまい、何の整合性もない状態になってしまいます。
自動付与の限界
一方で、100をゆうに超えるノートに付与されているタグは、プログラムで自動的に設定されたものでした。たとえば「その日のノート」にdiaryをつける、といった感じ。これは非常に有効なのですが、こうして付与される情報はむしろノートブックが適していることが多いです。細かい情報の絞り込み、ないしノートブックを超えた串刺しの検索ではほとんど効果を発揮してくれません。
もちろん、私がこれをやっていたのはChatGPTなどが存在するはるか前の話なので、現状の「タグの自動付与」はもっと使い勝手のよいものになっていることでしょう。そうした点についてはあらためてまた議論するとしましょう。
さいごに
ともあれ、「タグづけ」という簡単にできる行為でも、情報整理的にはなかなか根深い問題を抱えているわけです。
ノートの数が少ないうちはこうした破綻はほとんど目につきません。しかし、3年つかい5年つかいと、時間が経ち、保存する情報の種類が増えてくると、タグの乱立と混乱が生じ、結果自分がどんなタグをつかっているのか、なぜそれらのタグがあるのかが不明瞭になってきます。
忘れてはならないのは、私たちは情報を覚えておけないからノートを使うということです。だから「ノートに付与するタグの情報」もやっぱり覚えておけないのです。
この点を踏まえた上で、次回は、「タグ付け」という行為を概念的に整理してみましょう。





