デジタルノートのSanta問題
あたらしいお話のはじまりです
デジタルノートを使っていくなかで、頻繁にぶちあたる問題があります。
保存できる情報量が多い
扱える情報の種類が多い
可能な情報への操作が多い
この三つを"デジタルノートの三多(Santa)問題"と呼ぶことにしましょう。
保存できる情報量が多い
デジタルノートでは、ものすごい量の情報が扱えます。紙のノート一冊なら、たとえ100ページの分厚いノートでもたいした文字数にはなりませんが、今ならSDカード一枚でわけわからん量のテキストが保存できます。
人間の認知が瞬間で扱える対象には限りがあるという話は有名ですが、そんなキャパなんてあっという間に超えてしまう量が保存できるというわけで、じゃあそれをどう扱うかという「情報整理」の問題が立ち上がってきます。
また、量そのものも多いですが、保存できる期間の長さもあります。私のEvernoteには2008年に保存した情報が残っていますが、単純計算で17年前のノートです。アナログノートでも、17年前のノートは存在していますが、たぶん押し入れの奥にあって、簡単に使うことはできません。
つまり、デジタルノートでは、自分が保存したことすら忘れてしまっているような情報を、今さっき保存したばかりの情報と同じ領域で扱うことができるのです。これは情報活用の観点から言えば素晴らしいことですが、やはり人間の認知の仕組みからいって「情報整理」の問題が立ち上がってくるでしょう。
扱える情報の種類が多い
マルチメディア化している昨今のコンピュータでは、テキスト情報だけでなく、画像の情報も扱えます。最近では動画も増えてきています。デジタルノートもまた、そうした情報を保存できます。
人生に関してのさまざまな情報が扱えるようになったのは嬉しい反面、「じゃあ、それをどう扱うのか」という問題は飛躍的に難しくなりました。テキストで書くしかないなら、がんばってテキストを書き、必要に応じて罫線やらアスキーアートでがんばるという創造性の問題だったのが、今は、複雑な組み合わせをどう処理していくのかという有限化に関わる問題が生じています。
単純な話、テキストデータと画像データがあるとして、それらをどう保存するのがよいでしょうか。テーマごとに同じフォルダにまとめる? ファイルの種類ごとにまとめる? さまざまな分類上の問題が立ち上がることになります。
可能な情報への操作が多い
紙のノートの場合、書く・置いておく・捨てる、くらいの選択肢しかありませんでした。そこに「他の人に貸す」や「コピーする」といった+αが加わるだけです。
一方で、デジタルノートでは書き留めたものへの処理がめちゃくちゃいっぱいできます。
分割する
統合する
変換する
送信する
複製する
編集する
上記はごくわずかな例でしかありません。たとえば、自分でノートをとり、その内容を変換して、GitHubに送信し、そこからHugoでWebサイトを構築する、なんてことは紙のノートでは無理寄りの無理でしょう。デジタルノートならおちゃのこさいさいです(おちゃのこさいさいって今日び聞きませんね)。
最近ではここに生成AIが加わっています。これまでは多少コンピュータやプログラミング言語がわかっていなかったらできなかったことが、多くの人に可能になっています。
できることが増えるのは嬉しいですが、増えすぎるとどう扱っていいのかの悩みも生じます。その悩みは──収束することはなく──拡大し続けている気がします。
さいごに
紙のノートですらも、真剣に考え出すと使うのが難しいことに気がつくのですが、デジタルノートはそれに輪をかけて混乱が広がります。機能が限定されているからではなく、それが多すぎることによる混乱です。
デジタルノートをはじめたばかりのころは、おそらくこの問題に気がつきにくいでしょう。保存している情報の量や種類が限定的で、扱える機能も少数のときは、「紙のノートの手つき」で扱えるからです。でも、時間が経ってくると話はかわります。問題の質が相転移しはじめるのです(個人の本棚と図書館の本棚の扱いの難しさを比較してみましょう)。
というわけで、このニュースレターの「デジタルノート研究会」連載ではしばらくこのSanta問題を起点に考察を展開したいと思います。
最初にいっておくと、さまざまに提示される"フレームワーク"は答えにはなりません。いや、むしろそれは"答え"すぎると言った方がよいでしょう。二次方程式が示されたときに、xとyの数字をそのまま教えてもらっているようなものですから。
あきらかに必要なのは、答えではなく「解き方」です。なんとかそのヒントを提示できればと考えております。

