知の自転車、自動車、飛行機
MacOS用のBike Outliner というツールがあります。ファイル単位で扱える軽快なアウトライナーです。
Bikeとは自転車のことで、Jonathan Edwardsの以下の問題意識に呼応して名づけられたようです。
私たちは知的な自転車を作ることもできたはずなのに、代わりに航空母艦を建造した。なぜなら、私たちは性能と複雑さに魅了され、私たちの文化は自己満足を容認するからだ。
もともと、このbike(自転車)というメタファーは、スティーブ・ジョブズも好んでいたようです。
◇Steve Jobs on Why Computers Are Like a Bicycle for the Mind (1990) – The Marginalian
人間は道具を作るという点において、他の動物と違っており、圧倒的な移動効率(エネルギー効率)を誇るコンドルであっても、人間が自転車をこいで移動する方が移動効率が高い、とした上で以下のように述べています。
And that’s what a computer is to me. What a computer is to me is it’s the most remarkable tool that we’ve ever come up with, and it’s the equivalent of a bicycle for our minds.
私にとってコンピューターとはまさにそういうものです。コンピューターは、人類がこれまでに生み出した最も驚くべき道具であり、私たちの精神にとっての自転車のようなものなのです。
外部からのエネルギーの供給を必要とせず、自分で操作できて、しかも人間が歩くよりもずっと速い速度で移動できるようになる。人間の拡張ではあるものの、ある限定性の枠内においてだけ拡張している。
現代のテクノロジー/ツールを作っている人にとって、bike(自転車)のイメージにはそんな思いが込められているのだと思います。
知の高速道路
かつて「知の高速道路」という言葉が流行りました。2006年に出版された梅田望夫『ウェブ進化論』において棋士の羽生善治が述べられた言葉が発端だったようです。
ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が起きています。
大量の情報が得られること、あるいなネットで多様な人と対戦できること、AIなどの補助があることで、あるレベルまで到達するための時間が圧倒的に短縮された。結果、「かなり強い人」がたくさん生まれるようになり、そこから頭一つ抜け出ることがより難しくなっている。そういうお話だと思います。
そうなると、その激しい競争をなんとか勝ち抜くか、そうして渋滞している道(高速道路)から下りて、ひとり獣道を歩いていくか、という選択になるでしょう。
そうしたときに自転車があると助けになるかもしれません。
飛行機
冒頭に引いたJonathan Edwardsの言葉は、2024年のものです。そこではゴテゴテに作り込まれた情報ツールが念頭にあったのだと思います。
実際、さまざまなものをのせて海を渡る航空母艦は、きびきび動くことはできません。小回りは利かないわけです。その上、速度もそれほど出ません。単純な時速でいえば自転車よりも速いですが、航空機(飛行機)よりははるかに遅いです。
さて、2026年の私たちは飛行機を手にしています。生成AIです。
知の高速道路なんて目じゃありません。そんなものをはるかに飛び越えて、圧倒的な速度で「目的地」まで移動できます。人間が発明した道具において、飛行機の存在は飛び抜けているでしょう。
とは言え、離発着のための空港の整備が必要ですし、エネルギーも大量に使います。事故が起きたときの被害は自転車の比ではありません。近所のコンビニへの移動にはまず使えないでしょう。
それに、いくら圧倒的な速度で目的地につけるにしても、そこでは知の高速道路と同じ問題が待っているのは容易に推測できます(これが歴史を学ぶことの価値の一つです)。誰もが同じようにすばやく目的地に着けるとき、着いた後にどうするのか、という点が問われるようになるはずです。
異なる知の道具
空港で飛行機に乗れば、後は待っているだけで目的に到着できる、というあの感覚は、「生成AIまかせにして成果物を得る」のによく似ています。そして、飛行機が偉大な発明であることが間違いないのと同じように、生成AIも偉大な発明であるのです。
とは言え、飛行機があれば他の移動手段は要らない、とまでは言えないでしょう。テクノロジーは常にトレードオフを抱えていて、何かを達成する機能を持つ代わりに、別の何かを達成する機能を失います。
だからこそ、今あらためて「自分の頭の力を使って考える」を支えるツールの重要性が増しているのではないか、と個人的には思います。もちろん、そうしたツールだけあれば生成AIはいらない、と言いたいわけではありません。むしろ逆です。生成AIをうまく使っていくためにこそ、自分の頭の力を使えるようになることが必要になるのではないか。そんな風に感じているのです。
もちろん、アウトライナーだけがその答えだというのではありません。紙とペンもそうしたものの選択肢に入ってくるでしょうし、それらとは異なるイマジネーションに支えられたツールもあるはずです。そこは別に何でも構いません。
それでも「知の自転車」と呼べるような道具を一つ持っておくことは、個人的に大切だと感じます。


