昔は情報カードでいろいろやっていた
原初に立ち返る
昔といっても『知的生産の技術』が書かれた1970年代のことではなくて、倉下にとっての昔です。
ノウハウというのは、実際にやってみないとわからないことが多いので、何かを言わんとするならばひとまずやってみる、という指針を持って生きています。で、やってみたのが上の写真。
上記以外にもさまざまなサイズのカードを試しましたが、梅棹が述べた通り、たしかに京大型(京大式)のB6サイズがあれば一通りの知的作業はこなせるものです。
左上は企画案についてのアイデア、右上は読書ノート、右下はプロジェクト管理(タスク)、左下は何かの本の章立て案と、いろいろなことに使っています。
さらに、そうしたさまざまなtypeの情報を、一つのサイズに統一して扱える、というのも魅力の一つです。内容的にぜんぜん整理されていなくても、ひとまず整っている感が出る。ありがたいことです。
よくよく考えてみると、私のCosenseプロジェクトでも似たようなことをしています。
ここでも企画案・読書ノート・プロジェクト管理・章立て案など、多彩な情報を集めていますし、各種リストやWebクリップめいたものも入り込んでいます。
デジタルノートではさまざまな機能が扱えるわけですが、私にとっての原風景は京大式の情報カードにあって、それ以上のものは欲していないのかもしれません。言い換えれば、紙のカードがあれば行えた知的営為ができればそれでいいのです。
もちろんそこにデジタルならではの便利さが付与されるのはありがたいと思います。リンクをつくったり、サジェストが機能するのはハッピーです。でも、それ以上のことは求めていません。便利とか便利じゃないという基準よりももっと手前で「別に必要ない」という感じがしてしまうのです。
古くさい人間のたわごとかもしれませんが、今日何かしらの理由でハイテクノロジーな情報ツールが使えなくなっても、自分の手で知的営為を続けられるようにしておきたい。ある一線は越えないようにしておきたい。
そんな風に考えています。



