必要になってから書くのでいい
データベース完備欲求を破棄する
2025/7/13のCosenseページに以下の記述を書きはじめました。
002. カードリストの拡張
以下のように続きます。
素材1:/practicefield/42.21c ナンバリングタグをつけることでカードを箱に入れるを再現する
素材2:ページの左側に別のページの内容を表示させるUserScript
組み合わせたら?
着想の芽
少し補足すると、tksさんのページで実践されていることと、自分が以前に作ったUserScriptを組み合わせたら面白いことになるんじゃないか、という着想を書き留めた記述です。
さらにこう続きます。
[RINKシステム]は、dataviewを使うことで、あるカードを開いているときにも同じ番号系統の一覧が表示される。
地図で言えば、全体の地図もあるが、ある場所の周辺地図もある、という感じ。
「42.21c ナンバリングタグをつけることでカードを箱に入れるを再現する」というページの前や後に自分が何を位置づけたのかが、このページを開いているときにも見えたら嬉しい(はず)
tksさんはごりゅごさんのRINKシステムに触発されて工夫されているので、その部分について補足を書いたのですが、ここでブラケットに入れた「RINKシステム」は、まだオレンジ色でした。つまりページは存在していませんでした。
一方で、私がこのRINKシステムの存在を確認したのは6月11日です。でも、そのときは独立したページは作らなかったのです。で、ときをこえて(約一ヶ月)、このタイミングで独立したページを作ることになりました。
完備思考の限界
単純に考えれば、6月11日の時点でページを作っておけば7月の時点でリンクが青字になり離れた記述がつながることになります。とてもハッピーな出来事のように思えます。
そのように考えてしまうと、発生したすべてのメモを独立した「ページ化」しなければならないような義務感が発生し、それが破綻を呼び込むことはこれまでの経験で(かなりの授業料を払って)学んできました。
たとえば、6月から7月の間に書き留めたメモは他にもたくさんあったのですが、それらは二度言及されることはほとんどありませんでした。そうしたものをページ化してどれだけ嬉しいでしょうか。それ以上に、そうした作業に使うコストとベネフィットは見合っているでしょうか。
もしAIなどを使って、自分の手間はいっさいかからずにページ化できたとしても問題は残ります。リンクや検索時のページのサジェストが悲惨なことになる、という問題です。
どうなるのかは見通せない
たとえば、RINKシステムは引き続きごりゅごさんが興味を持たれていますし、他の人の関心も集まっています。一方で、6月11日の時点ではどうなるかはわかりませんでした。急速に欠点が明らかになって、もう誰も見向きもしない手法として放置される可能性だってあったのです(それはすべての情報に言えるわけです)。
しかし、自分が何か考えを、あるいは着想を、はたまた説明を書こうとしているときに言及するならば話は別です。そのとき、その概念は私の中で「トピック」を生成しています。そのような事象が生じたら、そのタイミングでページを作れば十分でしょう。
ここが分水嶺です。
目に留まった情報すべてをコレクションするかのように(言い換えれば、不完全なWikipediaをつくるかのように)情報を扱いはじめると、作業量が増大し、それと共に自分の情報空間が「使わない情報」であふれ返ってしまいます。
自分の「データベース」にたくさん情報が入っていれば、それだけで楽しい人生を過ごせるならば、趣味としてそれを否定することは誰にもできませんが、自分の情報空間を「使う」ためにデザインしていくならば、単純なコレクションは肯定できません。特に自動的に──自分の判断や思考を通さないで──行われる収集は、デジタルノートツールを簡単に機能不全に陥らせます(ゴミ屋敷化現象)。
自分のノートとしてCosenseを使うときは、「まず記述ありき」の姿勢を保つことが大切だと思います。そうした記述において必要な概念を捕捉するかたちでページが増えていくならば情報空間の健全性は保てるでしょう。

